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先に巣立った彼は咲わない娘に魅せられて9

 

「……ルフィアちゃん?」

 目を見開いたまま固まってしまったルフィアの名前を呼ぶ。
 すると彼女は、そのまま瞬きを一つして――つっと一筋涙を零した。

「っ!?」

 それを見て焦らされたのはルークの方だった。慌てて彼女の方へ足を踏み出せば、ルフィアは逃げるように背を向ける。そのまま店の奥へと行こうとするのを、どうにか手首を掴まえて阻止した。

「……はなして」
「嫌だよ。逃げるでしょ?」

 ルフィアは答えなかったが、無理やり逃げようとするような素振りも見せなかった。
 ルークはルフィアを後ろから軽く抱き寄せる。

「――ルフィア」

 耳元で名を囁けば、ぴくりとその身体が震えた。
 ルークは後ろ手に隠していた真っ赤なバラの花を、彼女の手に握らせる。

「オレと一緒に生きてほしい」
「――――っ、ばかっ!!」

 ルフィアは叫ぶと、くるりとこちらを向いて体当りするような勢いで抱きついてきた。

「おっと……」
「ばか、ばかばかばか……。きらいよ、あなたなんて」
「うん。ごめん、いじめすぎちゃった」

 ルフィアの頭を撫でながら、ルークはほんの少し後悔していた。
 この数ヶ月、彼女に会いに来なかったのは、もちろん作戦のつもりだった。けれどまさか、泣かせてしまうとは。

「ばか……。つぎは――、ゆるさないから」
「――? それって……!?」

 次、ということはこれからも関係が続くということ。それはつまり、ルークのプロポーズを――受けたということだ。
 それに気付いて声を上げると、バシッと背中を拳で殴られた。
 だがそんな痛みも愛しい。ルークはルフィアの気が済むまでバシバシと笑顔で殴られ続けたのだった。

 

「――良かった。式までに腫れがひいて」
「いや、ほんとほんと。頭、変形するかと」

 花嫁は花婿の頬に手を添えて苦笑した。
 結婚の許可を貰いに行った際の、花嫁の兄から受けた鉄拳を花婿は思い出す。そして、ふと表情を引き締めて花嫁を見た。

「ねぇ、後悔はしてない?」

 花嫁は目を瞬かせる。

「その……。この結婚は、オレが強引に進めたでしょ。だから――」

 ごにょごにょと花婿が言っていると、花嫁が思いきり顔を顰めてこちらを睨んでいた。

「わたし、そんなに流されやすい女に見えるの」
「あ、えっと……」

 これは本気で怒っていると気付いた花婿が目を泳がせると、花嫁は溜息をついた。

「……わたしは、ちゃんと自分の意志で決めたの」

 花嫁は後ろを向いて、テーブルに置いていたピンク色のマーガレット三本をリボンで束ねた小さなブーケを手に取った。

「わたしがここにいたいから、今ここにいるのよ――ルーク」

 マーガレットのブーケを花婿の胸ポケットに指す。

「……もう。式までに泣き止んでね」

 花嫁はいつかに自分がされたように、花婿の頭を優しく撫でた。

 

 

***

 

はい! これにてルークのお話も終了です~!

いちおうBL小説を謳ってる話で、男女恋愛書くのどうなのかなー……、とは思ったんですが、ルークはね……なんか「ちっちゃくてかわいい女の子に尻に敷かれてニコニコしてる図」しか浮かばなかったんですよね。

まあそんなわけで、ルフィアちゃんにぐいぐい迫る話になりました。

 

花言葉の意味は……、書いた方がいいのかな……。

要望あったら追記しますね。

今回調べてて、マーガレットにも本数で意味があるって、初めて知りました。バラだけじゃないんだね……。

 

まあなにはともあれ、挿話はこれにて終了です!

二章は一章からぐんと時間が進んで(挿話はその間を埋める話でもあります)、アカデミー卒業間際の二人になります。

 

が。

申し訳ありませんが、毎週更新が辛くなってきたので、しばしお休みします……!

本当にすみません!

できうる限り、早めに戻ってこられるように頑張るので、気長にお待ちくださいね。

 

続きの構想だけはあるんだ……。

でも二章ですら、まだ、B(ボーイズ)がL(ラブ)しないんだよなぁ……。

 

***

 

 

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次話 --

 

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先に巣立った彼は咲わない娘に魅せられて8

 

 代わり映えのしない毎日は、飛ぶように過ぎていく。

 義兄のニクスは、初めての詩集出版ということで、執筆はもちろん、装丁から紙の材質までこだわり抜き、忙しそうにしていた。ほんの少し前に、ようやく刊行までの作業が終了し、お祝いをしたところだ。
 ルフィアは献本として頂いた本をぱらぱらと捲りながら、相変わらず客のいない花屋の店番をしている。
 兄の絵を載せるために、つい最近開発されたばかりの魔導具を使った特殊な印刷技法を用いられたそれは、どのページも鮮やかな海が描かれていた。
 ルフィアの目には「ただの海」としか映らない海岸の景色が、あの二人にはこう見えているのかと、その絵と文章を感慨深く思う。

「……あ」

 ページを捲り、思わずその手を止めた。夏の海が目に映る。そして、その端に咲いたひまわりの花に、ルフィアは思わず顔をしかめた。

「…………うそつき」

 小さなひまわりを差し出す胡散臭い笑顔が脳裏に浮かび、思わずそんな言葉が零れ落ちる。

 もう何ヶ月経ったと思っているのだろう。

 詩集の刊行に向けて、いくらでもこちらに訪ねてくる理由はあっただろうに、結局あの男はあれ以来一度も顔を見せることはなかった。
 さっさの忘れてしまえばよいのに、ほんの短い間にルフィアの心を掻き乱すだけ掻き乱して、彼はいなくなってしまった。
 詩集をぱたりと閉じて、胸元のブローチを握り締める。

「うそつき……」
「誰が?」
「そんなの、あなたに決まって……――」

 ルフィアは一瞬固まったあと、バッと顔を上げた。

「あ……」
「久しぶり、ルフィアちゃん」

 そこには数ヶ月前となんら変わらぬ様子で片目を瞑るルークがいた。

 

 

***

 

 

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先に巣立った彼は咲わない娘に魅せられて7

 

「……今日も来ない」

 ルフィアは花屋のカウンターに肘をついて、入り口を見つめていた。
 あの「デート」の日から、ぱったりと彼が姿を見せることが無くなってしまったのだ。

「……いやいや、別に待ってないから」

 あの日選んだ土産がどうなったのか気になるだけ――。そう言い訳してみるが、ルフィアの手は胸に留められた黄色いヒヤシンスとカスミソウのブローチに向かう。

「…………はぁ」

 首をぷるぷると振って、雑念を払おうとするが上手くいかない。常連客にも、「上の空だね」とからかわれて何も返せなかった。
 ルフィアは指を握ったり開いたりと手持ち無沙汰にしながら、何故だか頭に浮かぶ男について物思う。
 自分はお世辞にも愛想が良いとは言い難い態度だった。出会ったばかりの彼があまりに怪しく、ルフィアにとっても大事な身内となったニクスを狙う不届き者だと思ったからだ。
 その誤解が解けた後も、急に態度を変える気になれず、ずっとツンケンしていたような記憶ばかり浮かぶ。

 なのにあの人はどうして、わたしを構ってばかりいたのだろう。
 かわいくない態度の自分に毎回あんな――。

 その時、店の入り口に人影が見えて、ルフィアはパッと顔を上げた。

「――あ……、ニクスさん」
「こんにちは、ルフィアちゃん」

 ぺこりと頭を下げると、ニクスは何故か困った顔をする。

「あー……。ごめんね、僕で」
「な、何がですか……?」

 一瞬ドキリとした内心を押し隠して、ルフィアは平静を装う。

「それより、どうしたんですか?」

 ニクスがここに来るのは珍しい。

「ちょっとね。報告に」
「報告?」

 まさか、と思って訊ねると、ニクスはちょっぴり恥ずかしそうに微笑みながら頷いた。

「うん。詩集を出すことにしたんだ。ルークとツェントの二人から言われたら、さすがに断りきれなくて」

 不承不承、というような口振りで言っているが、その表情も口調も、とても嬉しそうだった。

「そうですか……、おめでとうございます……!」
「ありがとう」

 彼のその表情にルフィアも嬉しくなる。
 お祝いは何がいいだろう。とびっきりのブーケを作ろうか……。
 そんなことをうきうきと考えていると、ニクスは一転して何か言いづらそうに口を開いた。

「――聞か、ないの?」
「何がですか?」
「ルークのこと」

 ルフィアはきゅっと唇を引き結ぶ。そして、にっこりと笑顔を浮かべた。

「どうしてですか? わたしとあの人は別にお友達でも何でもないのに」
「……そっか、ならいいんだ」

 ニクスは悲しげに笑って、その話を打ち切った。
 その後は少し世間話と、ニクスのお祝いについて話をして、彼は花屋を後にする。
 再び一人きりになったルフィアは、ぎゅっとブローチを握った。

「なんだ……」

 やっぱり本気じゃなかったのだ。
 かわいくない態度の自分で遊んでいただけだった。

「っ……」

 ルフィアはぎゅっと目を閉じて、一時的な感情が去ってゆくのを待つ。

 涙なんて、決して流してはやらない。
 悲しくなんかないのだから。

 

 

***

 

 

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先に巣立った彼は咲わない娘に魅せられて6

 

「今日はありがとうね」

 すっかり空が赤く染まった頃、すっかりくたびれた様子のルフィアに、ルークは苦笑いしながらそう言った。

「……いえ」

 カフェでの休憩後、また様々な店を回り、最終的にルークが選んだのは表面をキャラメリゼしたデニッシュ――ルフィアの好物だった。

「良かったんですか、わたしの一存で決めてしまって」
「いいのいいの。一緒に町を回れるだけで楽しかったから」
「なら、いいんですけど」
「……ありゃ」

 ついに馬脚を現したと、またルフィアが怒るのかと思っていたルークは不思議そうに首を傾げる。

「やけに素直だね? ――は! ついにオレの魅力に……」
「違います!! もう!」

 食い気味に否定したルフィアだが、少し俯いて溜息混じりに呟く。

「そうじゃなくて。わたし、ずっとこの町に住んでるのに、碌に案内も出来なかったから……」

 ルークは彼女の言葉に困った顔をする。
 たしかに、今日一日の殆どが自分主導で進んでいた自覚はあったからだ。とはいえ、なんだかんだ文句を言いつつ隣をついてきてくれるだけで、本当に楽しかったので、なおのこと返答に困る。

「じゃあ、それは次の機会にしようよ。今度はルフィアちゃんのエスコートを受けるから」
「は……」
「じゃあ、今日はそろそろこの辺でね」

 ぽかんとするルフィアに、にっこりと微笑みかける。
 そして、そうだったとルークは鞄の中から、リボンのかかった包みを取り出す。それを手早く解くと、中から出てきたくすんだピンク色のショールをルフィアの肩にかけた。

「夜は冷えるから、風邪を引かないようにね」

 そして、仕上げとばかりに前に手繰り寄せたショールに、黄色いヒヤシンスとカスミソウの形をしたブローチを留める。

「それじゃあね」

 ルークは軽く手を振りながらルフィアに背を向ける。

「――ちょ、『次の機会』なんて無いですからね!?」
「あははっ」

 我に返ったらしく声を上げた彼女に、ルークは振り返らずに笑った。

 

 

***

 

 

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先に巣立った彼は咲わない娘に魅せられて5

 

「それで、どうしてわたしが、あなたと出かけなければならないんですか!?」
「とかなんとか言いながら来てくれるルフィアちゃん、やさし~」
「怒りますよ!!」

 今日はルフィアの休日。
 それを嗅ぎつけたルークは、彼女を誘い町中へと繰り出していた。
 いまだにニクス――詩家ニコラスを口説き落とすことはできず、それを守り抜かんとする画家の方は、というと……。

「最近、どーもトゲトゲしいんだよねぇ……」

 ニクスの詩集出版については態度がやわらいできている。こちらの味方になってくれるのも、時間の問題だろう。
 けれど、どうにも態度に険がある。
 ルークは後ろを、なんとも言えない表情でついてくるルフィアを横目で見る。

「海とニクス以外興味ない、なんて嘘じゃんね……」
「何か言いました?」
「いや、なんでも」

 妹に近付くどこの馬の骨とも知れん奴として警戒されるルークは肩を竦めた。

「とりあえず行こうか。ルフィアちゃん、案内よろしくね」
「……仕方ないですね」

 今日はルフィアの案内で、ニクスたちへの賄賂――もとい手土産となる何かを探しに来ていた。

「――なら、これまでは何を持って行っていたんです?」

 ルフィアに案内を頼む前にも、ルークは当然手土産持参でニクスたちの居所を訪れている。
 その際に使ったものを指折り数えつつ思い出す。

「えっと……、ここから一本右の通りにある『ユーリア』の塩パンでしょ。それから、『ロドリス』のジャムタルト。あと、ここの少し先にある『エゼリアナ』のカスタードクリームを挟んだブッセと――」
「待って、もういいです。それ、わたしが案内する必要あります?」

 胡乱な目をするルフィアに、ルークは少し目を逸らして頬をぽりと指で掻く。
 今ルークが上げたのは、ミアメールでも人気のパン屋や洋菓子店の名前とそこの名物だ。
 じとりとルフィアに睨まれ、ルークは降参するように両手を上げた。

「だって、ルフィアちゃんとデートしたかったんだもん! 普通に誘っても了承してくれなかったでしょ!?」
「当たり前です! ……そういうことなら、わたし帰りますから」

 くるりと踵を返そうとするルフィアに、ルークは慌てて彼女の前に回り込む。

「まってまって! 完全に嘘ってわけじゃないよ! 地元の人しか知らない店とか知りたかったし、後に残るものを贈るなら、ニクスたちを知ってる人の意見も聞きたかったの!」

 ルフィアは不満げな顔を隠さないままながらも、足を止める。

二心(ふたごころ)は」
「あ……、ある、けど……」
「それじゃあ、わたしはこれで」
「うわー、まってまってまって! うそ! じょうだん! 何もしないから!」

 ルフィアは大きな溜息をついて、仕方なさげに足を止めてくれたのだった。

 

 そんなこんなで、ルフィアの案内の元町を回りはじめたのだが――

「なんで、行くとこ行くとこ顔見知りなんです!?」

 めぼしい店を転々とすること十軒目。ついに、ルフィアの堪忍袋の緒が切れた。

「いやぁ……、まあ、仕事柄……」

 さすがに申し訳なくなり、ルークも目を逸らす。
 父に言わせればまだ半人前とはいえ、ルークも商いをする人間だ。初めて来た土地の名産品や流行は、どうしてもチェックしてしまう。とはいえ、ここに来たのは詩家を探すため。暇を見つけて少し顔を出しているだけなので、行っていない店の方が多いはず。なのだが、ルフィアの選ぶ店選ぶ店、ルークが行ったことのある――店主と顔見知りになった店ばかりだったのだ。

「いや~、気が合うねーオレたち」
「……殴りますよ」

 おちゃらけて言ってみると、ルフィアが凍えるような視線で睨んでくる。

「そんな顔したら、かわいい顔がもったいないよ?」
「また、そんなことを……」

 怒られるかと思って言ったのだが、彼女は疲れきったように肩を竦める。ルークはふざけるのをやめて、周囲を見渡す。

「少し休憩しようか」

 テラスのあるカフェを指差してそういうと、ルフィアはルークの顔を一瞥してから頷いた。

「そうですね。少し疲れました」

 大人しく隣を並んで歩きはじめたルフィアを確認して、ルークは再びおどけるように言った。

「奢るから、何でも頼んでね~」
「結構です。自分で払います」
「あらぁ……」

 つれないな、とは思いつつ。ルークはツンと澄ましたその横顔を、目を細めて見つめた。

 

 

***

 

 

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先に巣立った彼は咲わない娘に魅せられて4

 

「……で、あっさり振られたんですか」
「そー。なぐさめて、ルフィアちゃん」

 そんな事を言いながらルークが上目遣いでルフィアを見上げると、彼女は胡乱な目つきでこちらを見下ろしていた。

「やだ、傷付く……」
「……はいはい」

 肩を竦めたルフィアは、ブーケ作りの作業に戻る。
 それをなんとなく見物しながら、ルークは先程のニクス――正確には彼のパートナーだという画家の家での一幕を思い出す。
 こちらとしては出来うる限り誠実に、ニクスの詩家ニコラスとの契約について話したつもりだったのだが――

「君の家の番犬は手強そうだね」
「兄さんのことですか?」

 ルークが頷くと、彼女は「あー……」となんとも言えない声を上げて、すこし同情するような視線を向けてきた。

「兄さんはニクスさんのことを、本当に……大切に思っていますから」
「みたいだね」

 どうやらニコラスを落とすには彼の守護者から落とす必要がありそうだった。
 ルークはどうしたものかと頭を悩ませつつ、ルフィアの手の中でリボンに装飾されていくブーケを見つめた。

「――この店は、季節関係なく花が咲いているね」

 カウンターの傍に置かれていたハーデンベルギアの紫色をした小さな花に触れる。ルフィアがブーケに使っている花の一つだ。

「店長が……『この町では夏くらいしか売れないんだから』って、花瓶が全て魔導具なんですよ」
「ああ、それで」

 要するに、花が枯れづらい……もしかすると、成長を止めるようや高度な魔術式が組み込まれている可能性もある。
 自身の所属する商会をはじめ、流通に関わる業者ではそういった魔導具を使っているところもあるが、一介の花屋では珍しい。

「こだわりなんだね」
「変わった人です」

 ルークが手に取っていたハーデンベルギアが入った花瓶も、白磁のような器に金の装飾が繊細に施されている。他の花瓶も、小さくカットされたガラスが貼り付けられて模様を作っていたり、淡い色の絵が描かれていたり、とそれぞれ花を邪魔しないような装飾がなされていた。

「……花を贈ったら、君のお兄さんは喜ぶかな?」

 ルフィアはブーケのリボンをキュッと結び、その端に鋏を入れてから、やれやれとでも言うように肩を竦めた。

「兄さんは海と、それからニクスさん、それ以外への興味が極端に薄いんです。だから別の方法を考えた方がいいですよ」
「そっか……」

 ルークはカウンターに落ちていたハーデンベルギアの花が無数についた小さな枝を摘み上げた。

「じゃあ、ルフィアちゃんは喜んでくれるかな?」

 持ち上げたハーデンベルギアを、ルフィアの耳元に差し込む。
 しばらく驚きに目を瞬かせていた彼女だったが、ハッとしたようにルークを少し赤らんだ顔で睨みつけた。

 

 

***

 

 

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先に巣立った彼は咲わない娘に魅せられて3

 

 ルークは町の商店街へと足を運んでいた。
 いくつか店を覗きながら、画家の噂を訪ねて歩く。だが、今ひとつ有力な話に行き当たらない。
 海を描く画家、という存在は知っている人が多かったが、どこに住んでいるかという知りたい情報には辿り着けない。

 どうするかな……。

 思考を巡らせていたルークは、ふと鮮やかな花に足を止めた。

「へぇ、きれいに咲いてるな……」

 所狭しと並べられた花々が、この店が花屋であると教えてくれていた。
 真っ赤な花の傍に膝をついて、その花弁に触れる。

「……ふぅん」
「いらっしゃいませ」

 並べられた品々を見ていると傍らから声をかけられる。振り仰ぐと、そこには栗色の髪を肩口で切りそろえた、輝くようなピンク色の瞳が印象的な娘が立っていた。

「何かお求めですか」
「うーん……そうだな。実は探し人をしてるんだ」

 ルークは立ち上がり店内へと入る。様々な種類の花を検分して、後ろをついてきていた少女の後ろに咲く、小さなひまわりに目を留めた。

「海を描く画家を探してて……」
「……え」

 彼女を挟むような形で、ひまわりに手を伸ばす。少し警戒するような声になったのは、ルークが近付き過ぎたからか――
 素知らぬ顔で彼女に背を向けて、店のカウンターにひまわりの代金を置く。

「ねぇ、何か知ってる?」

 ルークが少女の方に振り返ると、彼女は顔を強張らせて怪しむような目付きをしていた。

「何故、探してるんです」
「少し話を聞きたくて。それとも……、知ってるのは画家じゃなくて、君…なのかな?」

 ルークはにこりと笑って、彼女の様子を探る。

「――画家が掌中の珠にしている、詩家について」

 彼女が息を飲む。

 やはり何か知っているらしい。

 ルークはその「何か」を、とっとと聞き出してしまおうと、彼女の方へ一歩距離を詰めた。

 その時、

「ルフィアちゃん、大丈夫!?」

 突然割って入った声に、ルークは目を瞬かせる。そうしている間に、彼女は金縛りが解けたように身を翻して声の主の方へ駆けていった。

「お義兄(にい)さん! 来ちゃダメです、だってこの人……」

 店員の娘――ルフィアが、ハッとしたように口を両手で塞ぐ。
 その仕草で、彼女が駆け寄っていった人物が探し人なのだと悟る。だが、それよりその人物の姿に、ルークは目を丸くした。

「え……、お前、まさかニクス……?」
「…………、え゛、まさか」

 しばし不思議そうに首を傾げていた彼も、こちらに気付いたのか頭を抑えた。

「……………………ルーク」

 嫌そうな顔に思わず笑う。

「よう、久し振りだな」

 手を軽く上げてみれば、ニクスは大きな溜息をついた。

「え……、お知り合いなの、お義兄さん?」

 声もないニクスに代わり、ルークがその問いに応える。

「そうみたいだね。以後お見知りおきを、お嬢さん?」

 ルークは胸に手を当てて大仰に礼をしたあと、買ったばかりのひまわりを彼女に贈った。

 

 

***

 

 

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