二話 幼蝶は人が嫌い3
結局、ファルと話すこともなく夕食を終え、レンは自室に戻った。
やっぱり謝るべきか。
もやもやぐるぐると考え続け、あの後の授業も殆ど記憶に残っていない有様だ。
部屋に戻ってみれば、まだ風呂から戻っていないのか、まだそこにファルの姿はない。レンは大きな溜息をついて、自分のベッドに腰掛けた。
自分が悪いことを言ったのは分かっているのだ。それに「本ばかり読んでつまらない」というのは、本心ではない。
まあ、もう少し反応を返してくれてもいいんじゃないか、とは思っているが。
その時、キィと扉の開く音がして、レンは顔を跳ね上げた。
「あ……」
そこには髪がうっすらと濡れたファルの姿がある。
こちらを一瞥した彼は、なんの感慨も無さげに視線を逸らす。それを見て、レンは反射的に声をあげた。
「あの……! あの、さ……」
ファルが振り返る。それに少しほっとしながら、レンはごにょごにょと言葉を続ける。
「その……、昼間のこと、ごめん……」
頭を下げるが彼は何も言わない。
「あ、あんなこと、言うつもりじゃな――」
「いい、事実だから」
険のある声にレンはびくっとして顔を上げた。
やはり怒っていたのだ。そして、今も許してくれている様子はない。
「あの、ほんとに……、悪かったと……」
「思ってないだろ」
「そ、そんなことない!」
「あるだろ。大方、隣にいたお友達に『謝っておけ』とでも言われたんじゃないか?」
たしかに言われたが、その言葉に従って謝罪しようと思ったわけじゃない。だから、レンはムキになって声を荒らげた。
「違うって言ってるだろ!? ほんとに、俺が謝ろうと……」
「謝って、許されて……、楽になりたかった、か?」
「お前……!」
小馬鹿にするような態度にカッとなる。だがファルはその反応すら見越したように、大仰に肩を竦めた。
「殴りたければ殴ればいいよ。でもそうじゃないなら……、もういいだろ。僕は寝る。話しかけないでくれ」
彼の言葉にレンは自分が拳を握りしめていたのにようやく気付く。それと同時に先程まで感じていた怒りが急速に冷めていった。
そうしている間にもファルは、もうこちらのことなど眼中にないのかさっさと布団に潜り込んでいる。
「……殴るつもりなんて、元々なかった」
とだけレンは呟いて、自身も自分の毛布を頭からかぶる。
無視しているのか、それとももう寝てしまったのか、ファルからの返答はなかった。
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