四話 幼蝶はひらりと飛んでゆく1
「ごめん!!」
レンは医務室のベッドの上で、ファルに頭を下げていた。
正座に頭はシーツをこすり平身低頭――、要するに土下座である。
頬に湿布、頭に包帯、身体の所々にも傷を作ったファルは、そんなレンに大きな溜息をついた。
「もういい。事故だろ」
レンの作った魔法陣は、どこを間違ったのか大爆発した。
その近くにいた二人ともがズタボロになったが、もしファルの治癒魔法が起動したままでなかったとしたら、もっと酷い怪我をしていた可能性もあった。駆けつけた教師陣に、「こんな軽症で済んだのは奇跡だ」と、手当を受けながらこっぴどく怒られた。
「け、けどさ……。もしファルの魔法がなかったら、腕の一本や二本、無くなってたかもって……」
「無くならなかったんだから、もういい――、ってさっきも言っただろ。それより、今後のことだ」
レンがまだ口を開こうとすると、ファルにギッと睨まれて黙るしかなかった。
「これからは二人で作業する。異議はなしだぞ。あんな爆発、二度あっちゃ困る」
「異議なんかない。……俺もそう提案するつもりだった」
あの魔法陣は正しく作動していれば、爆発など当然起こるはずもなく、なんなら触れもしないもののはずだった。ファルをあっと言わせてやるという意気込みだけが空回りして、完璧に出来ていると思い込んでいたのだ。もしまた一人作業となれば、ああした何かのミスがまた起きないと言い切れる自信も失っていた。
「……ならいい。それで、どこが悪かったのか見つけたのか?」
「ああ……」
教員が使用できないように魔法を上掛けし、もうただの紙となった魔法陣の書かれたそれを取り出す。端が焼け焦げているのを見て、少し手が震えた。
「多分ここ。光を幻として出力するところが上手く作用しなかったんだ」
「……それだけで爆発が起こるか?」
「う…………」
ファルはレンから紙を取り上げて、じっくりとそれを検分する。
暫しそれを見つめた後、ようやく彼は顔を上げた。
「ここ、見てみろ。『光の玉を打ち上げる』って部分。スペルが違う」
「えっ!? ……うわ、ほんとだ……」
元々花火が上がるような演出の予定だった。それが幻影にならず、「打ち上げ」もできなかったために、あんなに至近距離で爆発したのだ。
「……ごめん、ほんとに俺の不注意だ」
こんな初歩的なミスだとは思わず、レンはますます肩身が狭い。
「もういいって言ってるだろ。それに、これからは協力しなきゃならないんだ。あんまりしょぼくれられると鬱陶しい」
「う、うっとおしい……」
ショックを受けていると、そんな姿も「鬱陶しかった」のか、また溜息をつかれた。
「僕はもう疲れた。だから後は全部、また明日だ」
「う、うん……」
控えめに頷くと、ファルは半眼になって続けた。
「……だから。明日になったら、またいつもみたいな能天気に戻っておけよ。いいな? ご機嫌取りは勘弁だからな、レン」
ファルは言いたいことだけいうと、並ぶベッドの間を仕切っているカーテンをシャッと閉めた。
「能天気……、俺って、能天気なのか…………?」
この時ファルが初めてレンの名を呼んでくれたことに気付いたのは、随分と後になってからのことだった。
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