五話 幼蝶の心は彼方に3
「……ふぅ」
ラテロが帰ったあと、レンは自室に一人でぼんやりしていた。
飲んだ茶の効能か、身体がぽかぽかとして眠る気にならない。
「……そうだ」
しばらく眠れそうにない。そう思ったレンは、ふと幼き日の事を思い出した。今日のように眠れなかった日に、父が「母さんには秘密だぞ」と言って、夜更かしを許してくれた日があったのだ。
「たしか、ここに……」
レンは部屋の隅にある棚の一番高い所へ手を伸ばす。
あの日、父が見せてくれた外国製の珍しい魔導具がこの場所にあるはずなのだ。
しばらくごそごそと探し続けたレンは、ようやく目当ての箱を見つけた。
「あ、これだ」
埃のかぶった箱を床に下ろし、慎重に箱を開けて中身を取り出す。それは、丸い足のついた黒い色の球体をしていた。
「えーっと……、たしかここを押すんだよな……」
レンは足についた小さなボタンをぽちりと押す。それから、部屋の明かりを落とした。
その瞬間、レンの部屋に夜空が広がる――。
レンは自分のベッドに横たわって、その魔導具が作り出した星々を見上げた。
あの日はたしか、父と一緒に見ていたら母に見つかって――、こっぴどく怒られたけど、その後三人で一緒に見たのだ。
その日のことを思い出して、レンは笑った。
「……きれいだな」
暗闇の中に瞬く星。空に浮かぶ本物の星とは、また違う煌めきがある。
「ファルとも、いつか一緒に見れないかな……」
レンは夜空に浮かんで、たゆたっているような錯覚を覚えながら、ようやく穏やかな気持ちで彼の名を口にできるようになったことに気付いた。
不思議だった。
自分は彼に嫌われている。なのに、そんな相手との「いつか」を想像していることが。
でも、レンはファルのことを嫌いではないのだ。何故か、放ってはおけない。
彼が同室者だから? 課題の相棒だから? それだけでは説明がつかないことは分かっているが、今のレンには理由となる言葉がまだ見つからなかった。
でも、それでいいのかも。
レンはファルのことを知りたい。今重要なのはきっとそれだけだ。
「……あした、あやまんなきゃ」
急に出ていったこと。勝手に外泊したこと――。
そして、聞いてみるのだ。
一度では答えてくれないかもしれないが、何度でも。
レンはその夜、星空を泳ぐ夢を見た。
***
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