BL小説
「……ルフィアちゃん?」 目を見開いたまま固まってしまったルフィアの名前を呼ぶ。 すると彼女は、そのまま瞬きを一つして――つっと一筋涙を零した。 「っ!?」 それを見て焦らされたのはルークの方だった。慌てて彼女の方へ足を踏み出せば、ルフィアは逃げ…
代わり映えのしない毎日は、飛ぶように過ぎていく。 義兄のニクスは、初めての詩集出版ということで、執筆はもちろん、装丁から紙の材質までこだわり抜き、忙しそうにしていた。ほんの少し前に、ようやく刊行までの作業が終了し、お祝いをしたところだ。 ル…
「……今日も来ない」 ルフィアは花屋のカウンターに肘をついて、入り口を見つめていた。 あの「デート」の日から、ぱったりと彼が姿を見せることが無くなってしまったのだ。 「……いやいや、別に待ってないから」 あの日選んだ土産がどうなったのか気になるだ…
「今日はありがとうね」 すっかり空が赤く染まった頃、すっかりくたびれた様子のルフィアに、ルークは苦笑いしながらそう言った。 「……いえ」 カフェでの休憩後、また様々な店を回り、最終的にルークが選んだのは表面をキャラメリゼしたデニッシュ――ルフィア…
「それで、どうしてわたしが、あなたと出かけなければならないんですか!?」「とかなんとか言いながら来てくれるルフィアちゃん、やさし~」「怒りますよ!!」 今日はルフィアの休日。 それを嗅ぎつけたルークは、彼女を誘い町中へと繰り出していた。 いま…
「……で、あっさり振られたんですか」「そー。なぐさめて、ルフィアちゃん」 そんな事を言いながらルークが上目遣いでルフィアを見上げると、彼女は胡乱な目つきでこちらを見下ろしていた。 「やだ、傷付く……」「……はいはい」 肩を竦めたルフィアは、ブーケ作…
ルークは町の商店街へと足を運んでいた。 いくつか店を覗きながら、画家の噂を訪ねて歩く。だが、今ひとつ有力な話に行き当たらない。 海を描く画家、という存在は知っている人が多かったが、どこに住んでいるかという知りたい情報には辿り着けない。 どうす…
オドラー商会は芸術家の作品も取り扱っている。 ルークは父について様々な勉強をしていた頃に見た、まだ無名の――けれど心に残る作品と出会っていたのを思い出したのだ。 その芸術家は世に殆ど出ていない。 その作品集をいち早く手に、可能ならば独占販売権を…
「ルーク、お前に一つ課題を与える」 静かな部屋に、厳かな男の声が落ちた。 ついに来たかとルークはごくりと唾を飲み込んで、男――父の言葉を待つ。 「後継者指名の最終試験だ。この商会における、次の売れ筋商品を見つけてきなさい」「はい」 ルーク――蝶の…
「ぁ……、ん…………」 何度も何度も角度を変えてのキスが続く。 次第に頭がぼんやりして、抵抗をしていたはずの手は、彼の服を握りしめていた。 「は…ぁ……」 どのくらいそうしていたのか、ようやく解放された頃には、足に力が入らなくなっていた。ニクスはツェン…
「――……」 ニクスは真剣な眼差しで海とキャンバスとを見つめるツェントの横顔を見ていた。 音をたてるのも憚られるような、神聖とも言える空気を感じる。 聞こえるのは絵筆が滑る音と、潮騒だけ。 ニクスは目を閉じて、その音色に耳を傾ける。 心地のよい静寂…
「ツェント! もう昼だぞ、起きろ!!」「うぅん……」 ニクスはアトリエの床に沈む男――ツェントの傍で仁王立ちをして叫ぶ。 だが彼の反応が鈍いのはいつものことで、起き上がろうとしないその姿に深い溜息を落とした。 「……来週、納品なんだろ。コーヒー入れ…
肩をゆすぶられる感覚。 そのやわい振動に、ゆるゆると意識が浮上していく。 「…………ぅん……」 ゆっくりと目を開けると、手元にはびっしりと文字の並んだ手帳がある。 何のことはない。自分がいつも言葉をしたためている手帳だ。 じゃあ自分は何をしていたのだ…
海の畔に住む彼――ツェントは、ミアメールで生まれ育った画家だ。 見る度にその顔を変える海の景色を愛し、ただその美しさを絵に描き起こしてきた。 彼にとって大事なものといえば、海と――あとは、一つ下の妹。そのくらいだった。 「……おかしい」 どうにも集…
「これ…だけですか?」 ニクスは顎に手を置いて、目の前のカウンターに並べられた三枚の紙を見下ろしていた。 ミアメールの町に辿り着き、前もって契約していたアパートメントまで行ったのが昨日。 届いていた荷物の荷解きもそこそこに、旅で疲れた身体を固…
「……やっと着いた」 乗合馬車を乗り継いで三日。 ようやく目的地にたどり着いた青年は、暗い灰色の髪を掻きあげて息をついた。 「懐かしいな、二年ぶりか」 大きく息を吸い込めば潮の香りがする。 青年は目を眇めて、向こうに見える海を見つめた。 あの日も…
「――だーかーら! あそこの回路を副次回路にすれば、もうちょい出力上がるだろ!?」「何言ってる。あっちをこの線に繋げた方が効率的だろ」「いやいやいや! 絶対、こっちだって!!」「いーや、こっちだ」「…………お前ら、何やってんの」 朝、教室に到着した…
ニクスとの一件から丸一日が経ち、再び夜が訪れていた。 「あいつ、今日来なかったな」 レンはアカデミーの端にある丘の上から、下方にある広場を見下ろし、ぽつりと言った。 隣に同じように座っていたファルは、表情を変えないまま視線だけをこちらに向ける…
もう全てが終わってしまった。 怒りを隠しきれぬような父を見た時、そう思った。 兄や姉のように家の自慢になりたかった。そのためには手段など選べなかった。 だって、僕は何の才も無い凡人だから。 真っ当な手段で、選ばれるはずもないから。 僕は―― 教師…
発表が終わり、ファルは同級生たちと話しているレンの傍からそっと姿を消した。 一人になり、アカデミーの敷地をあてもなく歩く。だが、必ずどこかで会えると確信していた。 そして、人気のない校舎裏。辺りには誰もいない場所に、探していた人物がいた。 「…
魔導具の発表は、昼の部と夜の部に別れている。 初日の今日は主に通常過程の生徒がメインとなる舞台。だが二年時になれば魔導具以外で成果を発表する者もおり、もう殆どは発表を終え緩んだ空気を醸し出している。 夜の今は「夜」が映える魔導具を作った生徒…
「……本当に上手くいくのか?」 魔導具の破損から一晩。 ファルに小声で問いかけられ、レンは目を瞬かせた。 「だーいじょぶだって!」 ニッと笑って彼の背中をぽんと叩く。 昨夜から今朝方にかけて、二人は大忙しだった。 魔導具の破損具合はかなり酷いもの…
「見ましたよ。さすがは――のご子息、第一学年からあの出来とは」「いいえ! ペアを組んだ相手が良かったというのが大きいですよ」 その通り。やっとこれで、僕を認めてもらえる。 口に出す言葉とは全く逆の本心を押し隠し、心の中でほくそ笑む。 成果発表当…
一瞬、ファルが泣いているのかと思った。 「――っ、一体何が……」 視線を落とす彼の目線の先を見て、レンは我に返って訊ねる。そこには、酷く損傷した魔導具が落ちていて、ファルがそれにショックを受けているのは明らかだった。 「……ごめ…、僕が……」 レンは俯…
レンが食堂を出た少し前。 ニクスの後を追ったファルは、彼に気付かれないようにと暗い廊下に息を潜めていた。 手洗いに、と言っていたが、そこはもうとっくに通り過ぎている。 ニクスは迷いなくどんどん進んでおり、何か目的があるのは明らかだ。 何か、嫌…
「……遅いな」 ルークの言葉に、レンはグラスを持つ手を止めた。 そして、そのグラスをテーブルへ雑に置くと、頭を抱えた。 「ああ、もう! 気にしないようにしてたのに!!」「す、すまん……」 そう。もうファルとニクスが消えてから三十分ほど。トイレにして…
「それじゃあ、お互いの課題完成を祝して――」「「「「かんぱーい」」」」 レンとファル、それからルークとニクスの四人は、課題を提出した後、打ち上げと称して寮の食堂の一角でジュースの入ったグラスをそれぞれ傾けた。 「いやあ、お前らのところ一時はど…
「よぉし、完成!」 レンは魔導具についている最後のネジを締めて、うーんと伸びをした。 「いやー、結構いい感じじゃねえかな?」 ぱっと後ろを向くと、自分の担当箇所が終わり、先に片付けをはじめていたファルが手を止める。 「ああ、想像以上に」 ファル…
「いやー、酷い目にあったな……」 苦笑しながら斜面を這い上がってきたのは、地面を転がり落ちた同級生の一人。 「まったく……。気をつけろよ、二人とも」 人を呼びに走った彼は、呆れた顔で手を差し出す。 「助かったよ、ルーク」 もう一人の落下した彼も這い…
「っ、てぇ……」 斜面をゴロゴロと転がり落ち、身体中が痛い。 レンは起き上がりつつ手足の様子を確かめ、幸いにも骨折などはしていないらしいことを確かめる。少し最初に捻った足に痛みはあるようだが、大怪我ではない。 「そうだ、ファルは!?」 慌てて辺…