BL小説-未羽化(研究者×蝶の民)-未羽化_一章
「――だーかーら! あそこの回路を副次回路にすれば、もうちょい出力上がるだろ!?」「何言ってる。あっちをこの線に繋げた方が効率的だろ」「いやいやいや! 絶対、こっちだって!!」「いーや、こっちだ」「…………お前ら、何やってんの」 朝、教室に到着した…
ニクスとの一件から丸一日が経ち、再び夜が訪れていた。 「あいつ、今日来なかったな」 レンはアカデミーの端にある丘の上から、下方にある広場を見下ろし、ぽつりと言った。 隣に同じように座っていたファルは、表情を変えないまま視線だけをこちらに向ける…
もう全てが終わってしまった。 怒りを隠しきれぬような父を見た時、そう思った。 兄や姉のように家の自慢になりたかった。そのためには手段など選べなかった。 だって、僕は何の才も無い凡人だから。 真っ当な手段で、選ばれるはずもないから。 僕は―― 教師…
発表が終わり、ファルは同級生たちと話しているレンの傍からそっと姿を消した。 一人になり、アカデミーの敷地をあてもなく歩く。だが、必ずどこかで会えると確信していた。 そして、人気のない校舎裏。辺りには誰もいない場所に、探していた人物がいた。 「…
魔導具の発表は、昼の部と夜の部に別れている。 初日の今日は主に通常過程の生徒がメインとなる舞台。だが二年時になれば魔導具以外で成果を発表する者もおり、もう殆どは発表を終え緩んだ空気を醸し出している。 夜の今は「夜」が映える魔導具を作った生徒…
「……本当に上手くいくのか?」 魔導具の破損から一晩。 ファルに小声で問いかけられ、レンは目を瞬かせた。 「だーいじょぶだって!」 ニッと笑って彼の背中をぽんと叩く。 昨夜から今朝方にかけて、二人は大忙しだった。 魔導具の破損具合はかなり酷いもの…
「見ましたよ。さすがは――のご子息、第一学年からあの出来とは」「いいえ! ペアを組んだ相手が良かったというのが大きいですよ」 その通り。やっとこれで、僕を認めてもらえる。 口に出す言葉とは全く逆の本心を押し隠し、心の中でほくそ笑む。 成果発表当…
一瞬、ファルが泣いているのかと思った。 「――っ、一体何が……」 視線を落とす彼の目線の先を見て、レンは我に返って訊ねる。そこには、酷く損傷した魔導具が落ちていて、ファルがそれにショックを受けているのは明らかだった。 「……ごめ…、僕が……」 レンは俯…
レンが食堂を出た少し前。 ニクスの後を追ったファルは、彼に気付かれないようにと暗い廊下に息を潜めていた。 手洗いに、と言っていたが、そこはもうとっくに通り過ぎている。 ニクスは迷いなくどんどん進んでおり、何か目的があるのは明らかだ。 何か、嫌…
「……遅いな」 ルークの言葉に、レンはグラスを持つ手を止めた。 そして、そのグラスをテーブルへ雑に置くと、頭を抱えた。 「ああ、もう! 気にしないようにしてたのに!!」「す、すまん……」 そう。もうファルとニクスが消えてから三十分ほど。トイレにして…
「それじゃあ、お互いの課題完成を祝して――」「「「「かんぱーい」」」」 レンとファル、それからルークとニクスの四人は、課題を提出した後、打ち上げと称して寮の食堂の一角でジュースの入ったグラスをそれぞれ傾けた。 「いやあ、お前らのところ一時はど…
「よぉし、完成!」 レンは魔導具についている最後のネジを締めて、うーんと伸びをした。 「いやー、結構いい感じじゃねえかな?」 ぱっと後ろを向くと、自分の担当箇所が終わり、先に片付けをはじめていたファルが手を止める。 「ああ、想像以上に」 ファル…
「いやー、酷い目にあったな……」 苦笑しながら斜面を這い上がってきたのは、地面を転がり落ちた同級生の一人。 「まったく……。気をつけろよ、二人とも」 人を呼びに走った彼は、呆れた顔で手を差し出す。 「助かったよ、ルーク」 もう一人の落下した彼も這い…
「っ、てぇ……」 斜面をゴロゴロと転がり落ち、身体中が痛い。 レンは起き上がりつつ手足の様子を確かめ、幸いにも骨折などはしていないらしいことを確かめる。少し最初に捻った足に痛みはあるようだが、大怪我ではない。 「そうだ、ファルは!?」 慌てて辺…
「んー……。やっぱりもっと奥まで行かなきゃダメだったかなぁ……」 夕刻になり、鞄に詰め込んだ魔石たちを見てレンは肩を落とした。 どれも悪くはないのだが、どうもピンとこない。 それはファルも同じだったのか、同じく鞄を覗き込んで、なんともいえない表情…
「いつの間にそんな仲良くなったんだ?」 ルークはよいしょ、と言いながらレンたちの傍に膝をついた。 「あー……、まあ、色々あって?」 な、とレンがファルの方を向くと、ファルも若干気まずげな顔をしてこくりと頷く。 「ふぅん? 前見た時は随分な別れ方し…
「なあ、レン。これはどうだ?」 レンはファルが見せてきた魔石を受け取り、首を捻る。 「あー……、色は良いんだけどなぁ、ちょっと…ちっちゃくね?」「やっぱりそう思うか……」 しょんぼりするファルに、レンは慌てて言葉を付け加える。 「あ、でも一応持って…
――お兄様はアカデミーの通常課程を主席で終えられたのですって。将来はきっと、国の中枢でご活躍になるのでしょうね。 はい、僕も兄を尊敬しています。 ――魔法省の長官に最年少で就任した才女、って君の姉君らしいね。どんなお人なんだい? 姉は素晴らしい才…
「――まてまてまて! ちょっと待て、僕はそういうつもりでこの話したんじゃないぞ!?」 立ち去ろうと腰を上げかけていたレンを、慌てたファルが肩を掴んで制止してきた。 こんなにも慌てた様子の彼は初めて見る。 レンはぽかんとして、動きを止めた。 「で、…
「――その顔から察するに、もう分かってるんだと思うけど」 しばらく無言で歩いた後、ファルがぽつりと言った。 レンは彼にそれ以上を彼に言わせはせず、先んじて頷く。 「ああ。あそこは……他国民によって、研究の犠牲となった蝶の民たちの記念碑、だろ」 世…
明け方にレンがアカデミーへと侵入した経路を、今度は二人で内側から越える。 寮の部屋を出た後のファルはずっと無口で、レンはひたすら彼の後をついて歩いていた。 途中で花を買い、彼はそのまま王都の中心街を外れていく。 この先にあるのは――、と思い出し…
「ファル、あのさ……」「うるさい、だまれ」「まだ何も言ってないし」 さっきからずっとこんな様子のファルに、レンは肩を竦めた。 いつもの冷たい言葉も、真っ赤な顔を両手で隠した状態では、さほど険を感じないから不思議だ。 レンは、起きてからというもの…
「ファル……!」 眠りながら泣くファルを見て、レンは思わず声をかけた。 上掛けをぎゅうっと握る手に、己の手を重ねる。 「ファル、起きろ!」 何度か声をかけていると、ようやく眠りから覚めることが出来たのか、彼がうっすら目を開ける。 「…………レ、ン?」…
「……よいせっ」 夜も明け切らぬ頃。 こっそりとアカデミーに戻ったレンは、敷地の裏手に回り込み、塀が低くなっている場所からどうにか帰還に成功した。 辺りに人がいないのを確認しつつ寮に戻り、抜き足差し足で自室へと向かう。 「よし!」 誰にもバレずに…
「……ふぅ」 ラテロが帰ったあと、レンは自室に一人でぼんやりしていた。 飲んだ茶の効能か、身体がぽかぽかとして眠る気にならない。 「……そうだ」 しばらく眠れそうにない。そう思ったレンは、ふと幼き日の事を思い出した。今日のように眠れなかった日に、…
家に入ると、懐かしい実家の匂いがした。 ラテロに無言のまま腕を引かれ、キッチンの方へ連れて行かれる。彼はダイニングテーブルにレンを座らせると、ヤカンに水道水を入れて火にかけた。 それを沸かしている間に、持参していた鞄から茶葉の缶と何かの粉末…
「……ラテロ兄さん」 のろのろと顔を上げた先にいたのは、家の隣に住む――レンが「羽化」に感銘を受けるきっかけとなった男であった。 かつては「おにいちゃん」と呼んでいた青年も今や三十代。おにいさんと言える歳なのかは年々わからなくなってきているが、…
ずかずかと当て所なく歩き回ったレンは、気が付くと王都の商業地区にいた。 ファルから今は少しでも離れたい。その一心で歩いていたが、街は夕暮れに染まっていて、その薄暗さがより一層気分を滅入らせる。 アカデミーから出て来てはみたものの、もう幾許も…
「だーかーらー! ほら、こう、光がバババーってなったら、カッコいいだろ!?」「カッコよさで何か変わるのか?」「変わるだろ! ほら……、その、……カッコいい!!」「……」 呆れ果てたような視線を向けてくるファルに、レンはぐっと押し黙った。 件の爆発事…
「ごめん!!」 レンは医務室のベッドの上で、ファルに頭を下げていた。 正座に頭はシーツをこすり平身低頭――、要するに土下座である。 頬に湿布、頭に包帯、身体の所々にも傷を作ったファルは、そんなレンに大きな溜息をついた。 「もういい。事故だろ」 レ…