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BL小説-未羽化(研究者×蝶の民)-未羽化_挿話1

姿を消した彼は海に魅せられた男と邂逅し7

「ぁ……、ん…………」 何度も何度も角度を変えてのキスが続く。 次第に頭がぼんやりして、抵抗をしていたはずの手は、彼の服を握りしめていた。 「は…ぁ……」 どのくらいそうしていたのか、ようやく解放された頃には、足に力が入らなくなっていた。ニクスはツェン…

姿を消した彼は海に魅せられた男と邂逅し6

「――……」 ニクスは真剣な眼差しで海とキャンバスとを見つめるツェントの横顔を見ていた。 音をたてるのも憚られるような、神聖とも言える空気を感じる。 聞こえるのは絵筆が滑る音と、潮騒だけ。 ニクスは目を閉じて、その音色に耳を傾ける。 心地のよい静寂…

姿を消した彼は海に魅せられた男と邂逅し5

「ツェント! もう昼だぞ、起きろ!!」「うぅん……」 ニクスはアトリエの床に沈む男――ツェントの傍で仁王立ちをして叫ぶ。 だが彼の反応が鈍いのはいつものことで、起き上がろうとしないその姿に深い溜息を落とした。 「……来週、納品なんだろ。コーヒー入れ…

姿を消した彼は海に魅せられた男と邂逅し4

肩をゆすぶられる感覚。 そのやわい振動に、ゆるゆると意識が浮上していく。 「…………ぅん……」 ゆっくりと目を開けると、手元にはびっしりと文字の並んだ手帳がある。 何のことはない。自分がいつも言葉をしたためている手帳だ。 じゃあ自分は何をしていたのだ…

姿を消した彼は海に魅せられた男と邂逅し3

海の畔に住む彼――ツェントは、ミアメールで生まれ育った画家だ。 見る度にその顔を変える海の景色を愛し、ただその美しさを絵に描き起こしてきた。 彼にとって大事なものといえば、海と――あとは、一つ下の妹。そのくらいだった。 「……おかしい」 どうにも集…

姿を消した彼は海に魅せられた男と邂逅し2

「これ…だけですか?」 ニクスは顎に手を置いて、目の前のカウンターに並べられた三枚の紙を見下ろしていた。 ミアメールの町に辿り着き、前もって契約していたアパートメントまで行ったのが昨日。 届いていた荷物の荷解きもそこそこに、旅で疲れた身体を固…

姿を消した彼は海に魅せられた男と邂逅し1

「……やっと着いた」 乗合馬車を乗り継いで三日。 ようやく目的地にたどり着いた青年は、暗い灰色の髪を掻きあげて息をついた。 「懐かしいな、二年ぶりか」 大きく息を吸い込めば潮の香りがする。 青年は目を眇めて、向こうに見える海を見つめた。 あの日も…