六話 幼蝶は過去を語る1
「ファル、あのさ……」
「うるさい、だまれ」
「まだ何も言ってないし」
さっきからずっとこんな様子のファルに、レンは肩を竦めた。
いつもの冷たい言葉も、真っ赤な顔を両手で隠した状態では、さほど険を感じないから不思議だ。
レンは、起きてからというものの、ずっとこの調子の彼をじっと観察する。
明け方に帰ってきた後の、魘されたファルとのやり取りは、彼がしっかり起きた後には無かったことにされるか、なんなら覚えていないのではとレンは高を括っていた。
だが実際その時になってみれば、彼はその時の事をはっきり覚えていた。レンよりも先に目覚めたようで、起きた時には既に青い顔で固まっており、彼がこちらの視線に気付いた後は、照れ隠しだったのか枕を投げつけられ今に至る。
口を開けば「だまれ」と返答――といえるのか、があり、先程から全く話が進まない。
「ファル」
「だまれ」
「あのさ――」
「うるさい」
「聞かれたくないなら、聞かないから」
言葉を遮られる前に、言いたいことを言ってしまうと、ファルがようやく顔を少しだけ上げた。だから、彼の目を見てもう一度言う。
「聞かれたくないなら聞かないし、お前の嫌がることもしないよ」
真剣さが伝わるように、じっと彼の目を見つめていると、不意にファルが大きな溜息をついた。
「……これじゃあ、僕が拗ねてて子供みたいじゃないか」
ファルは自身の言葉で何かに気付いたように、軽く目を瞠ると俯いてしまう。
「――いや、僕は子供だな」
「ファル……?」
どこか寂しさの交じる呟きに、レンは彼の顔を覗き込もうとする。しかし、それよりも一歩早くファルが顔を上げた。
「レン」
「な、なに?」
何かを決意した目をしているファルに、レンは少したじろぐ。だが、彼がそんな顔で言ったのは、ある意味で思いもよらぬことだった。
「今日は出かけないか、二人で」
「え、『二人』? 今から?」
ぽかんとしながら問うと、ファルは大きく頷いた。
この提案のどこにあんな悲愴な決意を滲ませたような顔をする必要が、と思いながらも、レンは頷き返した。
「いいけど……、急だな?」
「……少し、話したい事がある」
ファルが緊張しているらしいのは、その「話したい事」というのに起因しているのだと察する。
レンはそっか、と答えた後、出かける用意をはじめながら、ふと思った。
「けどさ、堂々と学校サボる宣言なんて、案外お前もワルだな」
「…………そうかもな」
ファルがふっと息をもらす。
もしかして、今笑った……?
レンはファルの変化に嬉しくなりながら、準備を進めるのだった。
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