六話 幼蝶は過去を語る3
「――その顔から察するに、もう分かってるんだと思うけど」
しばらく無言で歩いた後、ファルがぽつりと言った。
レンは彼にそれ以上を彼に言わせはせず、先んじて頷く。
「ああ。あそこは……他国民によって、研究の犠牲となった蝶の民たちの記念碑、だろ」
世界中を見ても、「蝶の民」の生態は不可思議で謎が多い。そのため彼らの謎を解くという目的の元――許されざるべき事ではあるが――他国では非道な人体実験が長らく行われていた。
いや、今もどこかで行われている可能性があり、国は国民やその親族たちを守るため、そうした実験の数々を撲滅しようとしている。非道なことの行われる研究所を潰し、逃げてきた人々は受け入れ――、徐々にではあるが効果を示している。
だが被害者は、いなくなったわけではない。
「――僕がこの国に来たのは、十年前のことだ」
ファルは墓地から近い場所にある丘まで来ると、街を見下ろせる場所に座り込んだ。
後ろからでは彼がどんな表情なのか窺い知ることはできない。レンは所在なげに彼の斜め後ろでまごついていると、ファルが振り返った。
「座れよ」
いつもとなんら変わらぬ顔をした彼は、自身の隣をポンポンと叩きながら言った。こう言われては座らないわけにもいかない。レンはファルの様子を窺いつつ、そこに座った。
ファルは再び遠くへ視線を向け、話を続けた。
「それより前――、この国に来るより前、僕は両親と共に、隣国キーナスの……研究所にいたんだ」
「――!!」
レンは息を飲んだ。この話の流れで、その「研究所」がどんなところだったのか、を察せないはずがなかった。
ファルもまた、非道な実験の被害者だったのだ。
レンは動揺を抑えつけようとして、自然に両手に力が籠もる。
俺は、初対面のファルになんてことを言ったのだろう。
彼と初めて会ったとき、レンは自分の夢を語った。「蝶の民の研究者になりたい」と。
もちろん、この国にも研究者はおり、彼らは人道に則った形で蝶の民を研究している。レンが目指すのも当然そういった人々のこと。
だが、初対面の、人となりも分からない相手からそれを――しかも蝶の民ではない人間から言われたファルの気持ちを思えば、険のある態度だったのも納得できた。
「ごめ、俺……、そんなつもりじゃ……」
「言っただろ、僕も子供だったって。お前に悪気が無いことくらい、はじめから分かってた。でも……」
「いいんだ。嫌われて当然だ、そんなの」
レンは笑う。だが、苦い気持ちを隠しきれなかった。
自分を嫌う理由を聞こうとしていた矢先に、思いがけずに知ることができた。だがこれは、どうしようもないことだ。
嫌われるのも仕方がない。そして、それを克服する方法もない。自分に出来ることは何も無いのだと、レンは分かってしまった。
「そういう事ならもう……、俺、無理に話しかけたりしないからさ。課題と……部屋のことは仕方ないけど、それ以外では、出来るだけ関わらないようにするし。だから――」
レンは早口でそう言って、その場から立ち去ろうと腰を上げた。
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