六話 幼蝶は過去を語る4
「――まてまてまて! ちょっと待て、僕はそういうつもりでこの話したんじゃないぞ!?」
立ち去ろうと腰を上げかけていたレンを、慌てたファルが肩を掴んで制止してきた。
こんなにも慌てた様子の彼は初めて見る。
レンはぽかんとして、動きを止めた。
「で、でもさ……。俺といるのが不快でどうしようもないから、って事だろ……?」
自分で言っておいて、レンは泣きそうな気分になる。だがファルは頭痛を堪えるような顔をして、呻くように言った。
「ちがう……」
「けど――」
「だから、そうじゃなくて! ……その、お前が悪い奴じゃないのは、もう分かってる。――……分かってるから、困ってるんだ」
「『困る』……?」
ファルの言葉の意味が分からず首を傾げると、ファルは顔を覆って溜息をついた。
「そうだよ。困ってる。僕はお前に随分酷い態度をしてきた。なのにお前があんまりにもあっけらかんとしてるから、謝るタイミングもないし、急に態度を変えるのもなんか……」
ファルは後悔の滲む声で続ける。
「だから、お前は大して僕の態度を気にしてないんだ、って自分に言い聞かせて、そのままにしてた。でも……昨日のお前を見て……、やっぱりそんなことなかった、って思い知らされた。だから謝ろうって決めた。僕の昔の話をしたのは、僕の行動理由を知ってほしかったからじゃなくて、お前には何の落ち度も無い、って言いたかったからだ。だから……」
ファルはようやく顔を上げた。そして、まっすぐにレンを見た。
「今まで、本当に悪かった」
レンは初めて、ファルと視線が合った気がした。
それが嬉しくて胸がいっぱいになる。そして、視界が滲んだと思った瞬間には、ほろりと涙が零れ落ちていた。
ファルがぎょっとする。レンは慌ててその涙を両手で拭った。
「え、あれ……、ごめん、止まんない……、なんでだろ?」
泣きながらも照れ笑いを浮かべると、悲しくて泣いているわけではないと伝わったのか、ファルが少しほっとしたような様子を見せる。
しばらく互いに無言で、レンの涙が止まるのを待つ。そして、どうにかそれが落ち着いた頃、ファルがぽつりと言った。
「昨日……、僕に『そんなに自分が嫌いか』って聞いたよな」
「……うん?」
「もう、嫌いじゃないから」
レンはぱちりと目を瞬かせる。そっぽを向くファルの顔は、こちらからではよく見えない。
だが、なんとなくいつもの仏頂面をしているような気がする。
「そっか」
だが、きっとその「仏頂面」の内心は、いつもと違うはずだ。
レンはにぱっと笑うと立ち上がった。
「じゃあ、仲直りしたってことで。帰ろーぜ、アカデミーに」
手を差し出すと、ファルは苦笑してその手を握り返した。
「ああ、帰ろう」
立ち上がったファルと並んで歩き出す。
「――ああそうだ、課題の魔導具なんだけどさ。試しで新しく作ってみたんだ。見てくれよ、これ」
「どれ――」
そこには、行きのような重苦しい空気は、微塵も残っていなかった。
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