三話 幼蝶は嫌々手を組む3
互いに何をしているのかも分からないまま、一週間。
制作した魔導具に組み込む魔法陣をそれぞれ持参し、使用許可をとった演習場に集まっていた。
演習場というのは、主に魔法を練習するための場所だ。中で不測の事態が起こっても外部に被害が出ないようにするための結界と、教員へ迅速に連絡が行くように通信魔法とが施された場所である。一般生徒も事前申請すれば自由に使うことが可能だ。
レンは魔法陣を描いた紙を数枚挟んだファイルを手に、演習場の中をぐるりと見渡す。板張りの床に高い天井のドーム型の施設だ。
約束した時間より少し早いため、まだファルはいない。が、そうしている間に当の時刻となり、ガラガラという音と共に演習場の扉が開いた。ファルだ。
彼はレンの姿を発見し、軽く目を見開いた。
「なんだよ? 時間前に来てるのが意外だって?」
「……そういうわけじゃないけど」
図星だったのか、ファルはバツの悪い顔で視線を逸らす。
「――そんなことより、魔法陣は?」
「もちろん、ここにあるぜ」
レンがファイルを掲げるとファルはこくりと頷く。
「どっちから見せる?」
「――なら、僕から」
訊ねたあとで、ファルが魔法を使えるのか知らないと気付いて少し慌てたレンだったが、特に気にした風でもなく、ファルはそう言った。
魔法とは空気中の魔素を変換する技術のこと。つまり、魔法を使えるかどうかは個人差が大きい。蝶の民たちは、国土に魔素が多いという土地柄か、魔法の得意な者が多いのだが、他国では全く使えない者すらいるらしい。
魔導具とは本来、この「魔法を全く使えない者」たちが、魔法を使うための道具だ。
魔法を使えるならば、自分で魔素を変換して炎を起こせば良いが、使えない者はその代わりに魔導具のスイッチを押すことで火を起こす。
つまりは魔導具自体も作るのに才覚が物を言うのだが、それをアカデミーの課題にしてしまえるのは、魔素が多く魔法に達者である蝶の民の国ならではなのだとは、両親の言だ。
ファルも問題なく魔法が使えるらしいことにほっとしている間にも、彼は持参した魔法陣の描かれている紙を鞄から取り出し、床に置いた。そして一歩下がって、紙の上に手をかざす。
「――『起動』」
魔法陣を使った魔法はこの一言で終了する。本来なら必要となる長ったらしい詠唱もなく、すぐに効果が現れる――はずなのだが、見た目に変化はない。
しかし、違いは身体に現れた。
「あ……、身体……軽くなった? もしかして、治癒魔法?」
レンが訊ねると、ファルはこくりと頷く。
「効果範囲は半径五メートル。小さな怪我、軽い疲労なら回復可能なものだ」
「へぇ……」
レンは素直にそれをすごいと思った。他者への治癒魔法はそもそも難しいのだ。それを人数指定せず範囲内なら全員対象になるなど、難しさが数段上がる。
床に置かれた魔法陣の傍にしゃがみ込み、じっとそれを観察するが、シンプルで煩雑すぎず、ここからも技術の高さが窺えた。
だが――、出し物として考えた際、見た目の変化がないのは考えものだ。
「なあ、見た目はいじんねぇの?」
「……見た目?」
「そうそう。ほら、こうなんていうか、バーンとかキラキラーとか」
身振り手振りで説明してみるが、いまひとつピンときている様子がない。
「……必要性を感じないんだけど」
案の定という返答に、レンはむっと口を尖らせる。
「必要あると思うけどな。……まあいいや。次は俺の見てくれな!」
納得いっていない様子のままではあるが頷くのを見て、レンは気を取り直して自分の魔法陣を取り出した。
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