八話 幼蝶は終わりを見る4
レンが食堂を出た少し前。
ニクスの後を追ったファルは、彼に気付かれないようにと暗い廊下に息を潜めていた。
手洗いに、と言っていたが、そこはもうとっくに通り過ぎている。
ニクスは迷いなくどんどん進んでおり、何か目的があるのは明らかだ。
何か、嫌な予感がしていた。
その予感を裏付けるように、彼は寮を出て教室のある校舎の方へと進んでいく。この時間は生徒は元より、教師陣も殆ど近寄らないような時間だ。
そのため、誰に見咎められることもなく、彼はすたすたと中へ入り、階段を上がっていく。
「……まさか」
ファルはドキドキと嫌な鼓動を立てる胸をぎゅっと押さえつけた。
ニクスが辿るのはファルにとっても慣れた道――自分たちの教室へ向かう道だ。
「まさか」
ニクスが廊下の角を曲がって、ファルの視界から消えた。
この先には教室がある。そして、そこには今、明日展示発表される魔導具がもう既に並べられている。
ありえない、と思いながらも、ファルは慌ててその背を追った。
だが――
ガシャンッ!!
ファルはヒュッと息を飲んだ。
何かが割れるような酷い音。
何が起こったかなど、考えるまでもない。
ファルは廊下の影から、ニクスが自分達の教室から出てくるのを見て、慌てて近くの別の教室へと入り、物陰に身を潜めた。
ニクスの歩く足音がする。
それが次第に近付いて――遠ざかっていく。
「は……」
完全に足音が聞こえなくなった頃、ファルはようやく詰めていた息を吐き出した。
そして、どうにも胸を占める無くならない嫌な予感に足をふらつかせながら、ニクスが後にした教室へと向かう。
「あ…………」
そこには、つい先程までレンの手によって施された精緻な彫りが美しかった魔導具――の残骸が、落ちていた。
魔石は砕け、それを囲っていた金属も曲がり、そこに嵌め込まれていたガラスも粉々だった。
「っ――!!」
嫌な予感がしていたのだ。本当はずっと。
ニクスはいつも控えめに笑っていたけれど、瞳の奥に何か――。そう。今になって思えば、敵意と言えるような暗い感情を覗かせていた。
もっと、気を付けていれば防げたんじゃないか。
もっと、自分が――
「――ファル?」
その時、一番今は聞きたくなかった声が聞こえた。
「…………レン……」
ファルは泣きそうな声で、彼の名を呼んだ。
***
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