九話 幼蝶は美しい景色と共に3
発表が終わり、ファルは同級生たちと話しているレンの傍からそっと姿を消した。
一人になり、アカデミーの敷地をあてもなく歩く。だが、必ずどこかで会えると確信していた。
そして、人気のない校舎裏。辺りには誰もいない場所に、探していた人物がいた。
「…………ニクス」
「っ!!」
肩をビクリと跳ねさせて、ニクスが振り返った。
「――っ、やあ。何か用……」
動揺するさまを隠し、引き攣った笑顔を見せる彼に、ファルは無表情のまま言った。
「どうしてあんな事をした」
「な、なんの……」
白を切ろうとするニクスに、ファルは目を眇めた。
「君が何もしなければ、勝利は君のものだったろうに」
「……っ!」
あの夜、魔石が割られなければ、レンとファルの作った魔導具は他の作品の中に埋もれてしまっていたはずだ。大きな魔石とそれを彩る装飾が目を引いたかもしれないが――、それだけだ。
「もう先生方には話を通している。だから――」
「――うるさい!!」
突然の絶叫に、ファルは口を噤む。
「うるさい、うるさい、うるさい!! お前に僕の何が分かる!?」
ニクスは拳をブルブルと震わせて、怒りなのか、それとも他の感情なのか、ドス黒い顔色をしていた。
「僕はやらなきゃならないんだ! 結果を残さなくちゃ!! なのに……!」
「なら、正々堂々とすれば良かっただろ!」
ファルは気が付くと怒鳴り返していた。
「それだけのために……。それだけのために、あれを台無しにしたのか!?」
完成した時、レンが浮かべた誇らしげな顔が思い浮かぶ。そして何より、バラバラになった魔導具を前に、レンが一瞬だけ浮かべた悲しげな表情を、ファルは忘れられずにいた。
「それでも僕は勝たなきゃ駄目だったんだよ!! そうしなきゃ、父さんが……!」
ニクスがギッとこちらを睨み、腕を振りかぶる。
殴られる。
それは分かったが、防御も回避も間に合いそうになかった。ファルはギュッと目を瞑る。
だが――、衝撃は背後から来た。
「うぐっ」
背中から引っ張られるような感覚。喉が軽く締まったような気がした後、そのまま後ろへ倒れ込む。
「いっ!」
尻を強か打ち付けたファルは、何事かと後ろを振り向いた。
「――っはぁ~~! 間に合った!」
「レン!?」
そこには肩で息をするレンが地面に手をついていた。
「なんでここに……」
「ファルのこと探してたんだよ! やーっと見つけたと思ったら、なんか言い争いしてるし!」
どうやら、ニクスの拳が当たる直前で、レンに救われたようだった。
「怪我は?」
「……尻が痛い」
「素直じゃねぇの」
苦笑するレンは先に立ち上がって、手を差し出してくる。ファルはそれに自分の手を重ねて立ち上がった。
「そういえば、ニクスは……」
嫌に静かだと、ファルは自分に殴りかかったはずのニクスのいた方を向く。だが、そこにいた彼は先程までの威勢はすっかり消えてしまい、青白い顔をして震えていた。
その視線はファルたちのいる場所より更に後ろへ向けられている。
振り返って見てみると、そこには怒りを湛えた表情の見知らぬ男が立っていた。
誰だろうと思っていると、肩を竦めたレンが耳打ちをする。
「あれ、ニクスの父親だってよ」
「……ああ、なるほど」
どういった背景かはよく分からない。だが、ニクスは最も見られたくない場面を、最も見られたくない相手に見られてしまったらしい。それだけは理解する。
遅れて駆けつけた教師数人も到着する。
「――終わった、みたいだな」
酷く青い顔をしたニクスは、大人たちに囲まれてその場を去っていったのだった。
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