十話 幼蝶は友情を知る1
ニクスとの一件から丸一日が経ち、再び夜が訪れていた。
「あいつ、今日来なかったな」
レンはアカデミーの端にある丘の上から、下方にある広場を見下ろし、ぽつりと言った。
隣に同じように座っていたファルは、表情を変えないまま視線だけをこちらに向ける。
「……、罪悪感?」
「そんなんじゃ…ないけど」
今回の一件は、ニクスとペアを組んでいたルークにのみ知らされ、それ以外の生徒には明かされないこととなった。
ルークについては、やはり何も知らなかったらしく衝撃を受けている様子だった。しかし、今日にはすっかり――少なくとも表面上は――元通りで、切り替えの早さはさすがだと思わされた。
だが問題は、当事者のニクスの方だ。昨夜の一件から姿を見ていない。もしかするともう会うことはないのではないか、そうレンの直感は言っていた。
「レン、僕らが気にしても仕方の無いことだ」
「――わかってるよ」
不正を働いたのはあちら。こちらには何の非もない。
レンは大きく息をついて広場の方へ目を凝らした。
「それに俺らは負けなかったんだから」
広場の中央には星の雨が降っている。
レンはそれを見下ろしながら、視線だけファルの方を向いて苦笑した。
広場には今日、各学年から選ばれた最優秀作品の展示がされている。
魔導具から離れたこの場所からでも見えるそれは、もちろんレンとファルが作ったものが織りなす光だ。
選考にはニクスたちの魔導具も入っている。事件を公にしない以上は仕方のないことだった。
もっともレンもファルも、魔道具自体の良し悪しで判断されるのを望んでいたため、その決定に否やはない。
そして、見事にレンたちの魔導具は最優秀作の座を射止めたのだった。
しばし、二人は無言で星の降るさまを見つめる。そして、ふとファルが言った。
「――綺麗だな」
彼の言葉にレンは、ぱちりと目を瞬かせ――、ニヤリと笑う。
「見た目はどーでも良いんじゃなかったんだっけ?」
魔導具を作りはじめた頃の素っ気ないファルの言い分を思い出して、レンは言った。
「ぐ……、悪かったよ……」
見た目について必要性は無いと言ったのを、ファルも思い出したらしく、バツの悪い顔をする。
「なー? 見た目も大事だろ!」
レンはけらけら笑いながら、ファルの肩をバシバシ叩いた。
ひとしきり笑うと、また会話が途切れる。
広場から微かに人の声が聞こえるのみで、しんとした空気が漂う。だが、居心地は悪くない。
レンはぼんやりと座ったまま、こんな毎日が続けばいいのにと思った。
けれど――
「終わっちゃったんだよな……」
魔道具作りの日々が終わり、明日からまたいつもの日々が戻ってくる。
それが少し、惜しく思えた。
「――……レン」
「ん?」
ファルの方を向くと、彼は妙に真剣な顔をしていた。
「な、なんだよ?」
「今日で、その……ペアも終わりだろ?」
「そうだな……?」
どうしたのだろうと首を傾げると、ファルは深呼吸をする。そして神妙に言った。
「レン、僕と友達になってほしい」
「――――へ?」
一瞬何を言われたのか分からずぽかんとしていると、ファルは眉をひそめて視線を逸した。
「……そうだな。すまない、調子に乗った。これからはクラスメイトとして――」
「いや、待て待て待て! って、このやり取り前もしたよな!?」
立ち上がろうとしていたファルの肩を、レンは慌てて掴む。
「……レン」
仕方なく腰を下ろしなおしたファルは、なんとも言えない寂しさの漂う表情をしていた。
「まあ、前は俺が立ち去る側だったけど……、いや、そうじゃなくて!」
ファルの言動に驚いてドキドキしている心臓を落ち着けるべく、レンは一度深呼吸をして彼に向き直った。
「ファル、俺たちもう友達じゃなかったのか?」
真剣に問い直すと、ファルは呆けたような顔をする。そして今度はみるみる顔が赤くなっていった。
「――先に帰る!」
「あ、ちょ、待てって!」
ザッと立ち上がり、ズカズカと歩き出すファルをレンは慌てて追いかける。
「やだーファルったら、照れてる?」
「うるさい!」
ファルの隣に並んでその顔を覗き込む。だがその表情を確認する前に、バシリと照れ隠しか叩かれたのだった。
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