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先に巣立った彼は咲わない娘に魅せられて5

 

「それで、どうしてわたしが、あなたと出かけなければならないんですか!?」
「とかなんとか言いながら来てくれるルフィアちゃん、やさし~」
「怒りますよ!!」

 今日はルフィアの休日。
 それを嗅ぎつけたルークは、彼女を誘い町中へと繰り出していた。
 いまだにニクス――詩家ニコラスを口説き落とすことはできず、それを守り抜かんとする画家の方は、というと……。

「最近、どーもトゲトゲしいんだよねぇ……」

 ニクスの詩集出版については態度がやわらいできている。こちらの味方になってくれるのも、時間の問題だろう。
 けれど、どうにも態度に険がある。
 ルークは後ろを、なんとも言えない表情でついてくるルフィアを横目で見る。

「海とニクス以外興味ない、なんて嘘じゃんね……」
「何か言いました?」
「いや、なんでも」

 妹に近付くどこの馬の骨とも知れん奴として警戒されるルークは肩を竦めた。

「とりあえず行こうか。ルフィアちゃん、案内よろしくね」
「……仕方ないですね」

 今日はルフィアの案内で、ニクスたちへの賄賂――もとい手土産となる何かを探しに来ていた。

「――なら、これまでは何を持って行っていたんです?」

 ルフィアに案内を頼む前にも、ルークは当然手土産持参でニクスたちの居所を訪れている。
 その際に使ったものを指折り数えつつ思い出す。

「えっと……、ここから一本右の通りにある『ユーリア』の塩パンでしょ。それから、『ロドリス』のジャムタルト。あと、ここの少し先にある『エゼリアナ』のカスタードクリームを挟んだブッセと――」
「待って、もういいです。それ、わたしが案内する必要あります?」

 胡乱な目をするルフィアに、ルークは少し目を逸らして頬をぽりと指で掻く。
 今ルークが上げたのは、ミアメールでも人気のパン屋や洋菓子店の名前とそこの名物だ。
 じとりとルフィアに睨まれ、ルークは降参するように両手を上げた。

「だって、ルフィアちゃんとデートしたかったんだもん! 普通に誘っても了承してくれなかったでしょ!?」
「当たり前です! ……そういうことなら、わたし帰りますから」

 くるりと踵を返そうとするルフィアに、ルークは慌てて彼女の前に回り込む。

「まってまって! 完全に嘘ってわけじゃないよ! 地元の人しか知らない店とか知りたかったし、後に残るものを贈るなら、ニクスたちを知ってる人の意見も聞きたかったの!」

 ルフィアは不満げな顔を隠さないままながらも、足を止める。

二心(ふたごころ)は」
「あ……、ある、けど……」
「それじゃあ、わたしはこれで」
「うわー、まってまってまって! うそ! じょうだん! 何もしないから!」

 ルフィアは大きな溜息をついて、仕方なさげに足を止めてくれたのだった。

 

 そんなこんなで、ルフィアの案内の元町を回りはじめたのだが――

「なんで、行くとこ行くとこ顔見知りなんです!?」

 めぼしい店を転々とすること十軒目。ついに、ルフィアの堪忍袋の緒が切れた。

「いやぁ……、まあ、仕事柄……」

 さすがに申し訳なくなり、ルークも目を逸らす。
 父に言わせればまだ半人前とはいえ、ルークも商いをする人間だ。初めて来た土地の名産品や流行は、どうしてもチェックしてしまう。とはいえ、ここに来たのは詩家を探すため。暇を見つけて少し顔を出しているだけなので、行っていない店の方が多いはず。なのだが、ルフィアの選ぶ店選ぶ店、ルークが行ったことのある――店主と顔見知りになった店ばかりだったのだ。

「いや~、気が合うねーオレたち」
「……殴りますよ」

 おちゃらけて言ってみると、ルフィアが凍えるような視線で睨んでくる。

「そんな顔したら、かわいい顔がもったいないよ?」
「また、そんなことを……」

 怒られるかと思って言ったのだが、彼女は疲れきったように肩を竦める。ルークはふざけるのをやめて、周囲を見渡す。

「少し休憩しようか」

 テラスのあるカフェを指差してそういうと、ルフィアはルークの顔を一瞥してから頷いた。

「そうですね。少し疲れました」

 大人しく隣を並んで歩きはじめたルフィアを確認して、ルークは再びおどけるように言った。

「奢るから、何でも頼んでね~」
「結構です。自分で払います」
「あらぁ……」

 つれないな、とは思いつつ。ルークはツンと澄ましたその横顔を、目を細めて見つめた。

 

 

***

 

 

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