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先に巣立った彼は咲わない娘に魅せられて8

 

 代わり映えのしない毎日は、飛ぶように過ぎていく。

 義兄のニクスは、初めての詩集出版ということで、執筆はもちろん、装丁から紙の材質までこだわり抜き、忙しそうにしていた。ほんの少し前に、ようやく刊行までの作業が終了し、お祝いをしたところだ。
 ルフィアは献本として頂いた本をぱらぱらと捲りながら、相変わらず客のいない花屋の店番をしている。
 兄の絵を載せるために、つい最近開発されたばかりの魔導具を使った特殊な印刷技法を用いられたそれは、どのページも鮮やかな海が描かれていた。
 ルフィアの目には「ただの海」としか映らない海岸の景色が、あの二人にはこう見えているのかと、その絵と文章を感慨深く思う。

「……あ」

 ページを捲り、思わずその手を止めた。夏の海が目に映る。そして、その端に咲いたひまわりの花に、ルフィアは思わず顔をしかめた。

「…………うそつき」

 小さなひまわりを差し出す胡散臭い笑顔が脳裏に浮かび、思わずそんな言葉が零れ落ちる。

 もう何ヶ月経ったと思っているのだろう。

 詩集の刊行に向けて、いくらでもこちらに訪ねてくる理由はあっただろうに、結局あの男はあれ以来一度も顔を見せることはなかった。
 さっさの忘れてしまえばよいのに、ほんの短い間にルフィアの心を掻き乱すだけ掻き乱して、彼はいなくなってしまった。
 詩集をぱたりと閉じて、胸元のブローチを握り締める。

「うそつき……」
「誰が?」
「そんなの、あなたに決まって……――」

 ルフィアは一瞬固まったあと、バッと顔を上げた。

「あ……」
「久しぶり、ルフィアちゃん」

 そこには数ヶ月前となんら変わらぬ様子で片目を瞑るルークがいた。

 

 

***

 

 

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