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四話 幼蝶はひらりと飛んでゆく3

 

 ずかずかと当て所なく歩き回ったレンは、気が付くと王都の商業地区にいた。
 ファルから今は少しでも離れたい。その一心で歩いていたが、街は夕暮れに染まっていて、その薄暗さがより一層気分を滅入らせる。
 アカデミーから出て来てはみたものの、もう幾許もしないうちに戻らねばならない時間だ。寮生には門限があり、それを超えて戻ればどれほど叱られるか。だが――

「…………今日は戻りたくない」

 戻れば部屋に帰らなければならない。部屋に帰れば当然そこにはファルがいるだろう。いまだ整理のつかない心を抱えたまま、彼と顔を合わせる勇気はなかった。
 だが行く当てはない。
 一応、生家である実家はあるものの、家の鍵は寮の部屋だ。戻りたくないのだから、取りに行くわけにもいかない。
 鍵がなければ中には入れないが、それでも、自然とそちらに足が向いた。
 商業地区を抜けた先にある、居住地区の中でも治安の良い場所にレンの実家は存在する。貴重な研究資料などもあるため、少し奮発したのだといつかに父が言っていた。
 今はそれがありがたい。今日は幸い晴れているし、軒先で一晩過ごしても大丈夫だろう。

「――……ただいま」

 ほんの数ヶ月前まで暮らしていた家が酷く懐かしい気持ちになった。だが、家の明かりは当然ながら無く、日が落ちはじめている時間帯も相まって、よそよそしい雰囲気があった。
 レンは玄関先に座り込む。まだ朝晩は冷える時期だ。座った石から寒さが上がってくるが、気付かないフリをする。
 本当はとても、とても寒かった。だが、それを認めてしまうと、あまりにも惨めな気がした。
 溜息すら出ず、ただじっと足元を見つめて座り続けた。
 そうしてからどのくらい経っただろう。

「――あれ、レンくん……?」

 レンはその声に顔を上げた。

 

 

***

 

 

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