姿を消した彼は海に魅せられた男と邂逅し1
「……やっと着いた」
乗合馬車を乗り継いで三日。
ようやく目的地にたどり着いた青年は、暗い灰色の髪を掻きあげて息をついた。
「懐かしいな、二年ぶりか」
大きく息を吸い込めば潮の香りがする。
青年は目を眇めて、向こうに見える海を見つめた。
あの日も、父に連れられ見た海はとても美しかった。
ふと思い立って、鞄から使い込んだ手帳を取り出す。それを広げると、挟んでいた封筒がぽろりと落ちた。
「……はあ。ほんと、腹立つな」
青年は言葉の割にはやわらかな苦笑混じりの声でそんなことを言いながら、地面に落ちたその封筒を拾い上げた。
その差出人の名前を見て、わざとらしく眉根を寄せる。
「あいつにとって、なんてこと無い内容だったんだろうな」
この二年間、幾度となく読み返した手紙の内容を思い出して嘆息する。
王都を出る間際に届いたこの手紙は、自分がとんでもない迷惑をかけたはずの男からのもの。さぞや怒っているだろうと思いながら読んだそれには、こう書かれていた。
お前の魔術式すごいと思ってたんだ。言葉選びが美しいって。
そうだ。お前、詩でも書いてみたらどうだ?
「――ルーク、お前の思いつきに踊らされて、僕はここまで来たぞ」
青年――ニクスは肩を竦めて手紙を挟み直すと、ペンを取った。
二年ぶりに己の目で見る海の美しさを言葉で描く。
父に連れられて訪れた、この海の町ミアメールの景色をもっと書きたくて、ついに移住を果たしたのだ。
もう二度と会うことはないであろう旧友――というには希薄な関係であった男の言葉が、ニクスの人生を大きく変えた。
それを腹立たしく、そして同じくらいありがたいと、今のニクスは思っていた。
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